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ちょっとだけよ♪ なんて、出し惜しみするほどのもんではないのであるが。
『猫語の教科書』
ポール・ギャリコ 著 スザンヌ・サース 写真 灰島かり 訳
大島弓子 描き下ろしマンガ
ちくま文庫(1998年第一刷、2005年第八刷)
上記写真でチラ見せしているのは私が作ったばかりの絵本であって、ギャリコの『猫語の教科書』ではない。『猫語の教科書』の「本当の執筆者」はツィツアという名の雌猫である。その証拠に、本書の表紙にはタイプライターを打つツィツアの写真が掲載されている。ツィツアは、交通事故で母を亡くし、生後6週間で世の中に放り出されたが、1週間後には「私はどこかの人間の家を乗っ取って、飼い猫になろうと」(23ページ)決意して即座に実行に移す。わずか6週間の間にも、ツィツアの母は彼女に「この世で生き抜くための術」を教えていたらしい。ツィツアは、住宅の大きさや手入れが行き届いているかどうか、家族は何人か、また所有されている車が高級車かどうかなどをよく観察し、乗っ取ろうと決めた家に狙いを定めると、庭の金網によじ登り、ニャアニャアと悲しそうな声で啼いてみせる。
「向こうから私がどんなふうに見えるか、自分でもよーくわかっていましたとも。」(27ページ)
さっそくその家の夫人が子猫のツィツアを保護しようと夫に提案する。なかなか夫はうんといわない。少しのミルクをもらったのち外に出されてしまうが、自身の魅力を知り尽くしているツィツアは、周到に計画し、猫なで声を駆使して、まずは毛布を敷いた木箱を手に入れ、納屋に設置させることに成功する。しかも、その手配は夫のほうがしてくれた。
「私の勝ちだわ。私は笑いながら眠りにつきました。/もうここまでくれば、あとはもう時間の問題。さっそく明日の晩にでも、彼をモノにするとしましょう。」(38ページ)
このように、本書は、美人猫ツィツアが次世代の猫たちに贈る処世術指南書なのである。懸命にタイプした原稿を、とある出版社に勤める編集者の自宅の前へ置き、しかるべき形で伝えられていくよう託したのである。しかし、編集者にはまったく解読できなかったので、暗号好きのポール・ギャリコに解読の仕事がまわってきたというわけなのだ。
ギャリコが記した序文によると、これは暗号というよりも、単にミスタイプだらけの文章であった。最初の数行を読み、この文章の書き手が猫であると判明すると、ミスタイプの法則性が一気に解明したそうである。肉球でぷにょぷにょした猫の手では、QとWのキーを同時に叩くことや、文字キーと改行キーを間違って叩くこともあったであろう。猫をこよなく愛するギャリコは、麗しい雌猫の懸命なタイピングをあますことなく「翻訳」した。内容の充実に感嘆すると同時に、複雑な気持ちにも襲われた。なぜなら、世の猫の飼い主たちはまさか自分たちが「乗っ取られている」なんて思いもしないであろうから。これを読んだ愛猫家たちは不快な思いをするのではないか?
たとえばツィツアは「第3章 猫の持ち物、猫の居場所」で、こんなことも述べている。
「ベッドを乗っ取るべきかどうかは、猫の気分しだいです。ここでも人間はひどく矛盾していて驚かされるけれど、でも猫にとっては好都合。人間は猫にベッドの上で寝てほしい、と同時に寝てほしくないの。ね、おかしいでしょ? 人間って、根っから矛盾したおかしな生き物なのよ。」(61ページ)
「ところがベッドが猫の毛だらけになるとか、(中略)爪でふとんがいたむとか、(中略)そのくせ人間は自分がベッドにもぐりこむと、猫に足もとにいてほしくなったり、もっとそばにきて丸くなってほしかったり(後略)」(62ページ)
人間の弱みを的確に突いて、ベッドを乗っ取るテクニックについて述べている。そして、ベビーベッドにはけっして上るなという警告も忘れない。実にしたたかで賢く抜け目ない。
「人間は、自分で作り出した伝説に支配されちゃうのね。」(64ページ)