2014-12-21
寒かったのは木曜日だった。寒くても寒くても、家の外では普段どおりの日常が過ぎていた。お向かいも隣も三軒向こうも営業していた。郵便も宅配便も朝刊も夕刊も変わりなく届いた。これが去年なら私も寒さを呪い冷える手をこすり合わせながら、滑る路面にチャリを転がして職場へ疾走していた、寒さのあまりかじかんで思うようにならない手足を引きずり転倒するやもしれぬ母を家に残すことに罪悪感を覚えながら。今日一日休業したって世界は変わらない誰の命も取られないとわかっていても、勤め人は会社を休むわけにいかないのだった。遅刻や欠勤が許されるのは気象庁が警報を出しそのせいで交通が麻痺したことが原因となる時だけであって「寒すぎる」のはサボる理由にはならないのだった。私の経験から、木曜日というのは暇だ、いわば中日(なかび)で月曜や金曜の急き立てられ感や追い詰められ感がない、糸の緩む貴重な日。ヴィヴァ! 木曜日! それなのに勤め人は木曜だって月曜や金曜と同じように憂鬱な顔をして出勤し、ふた言めには忙しいと口にして、そのいっぽう、ほんらいどうでもいいはずの他人の愚痴を親身になって聞くふりをしたりして時間を潰すのである。そのような澱のごとき時間を消化する必要がなくなっただけでも、勤めを辞めた意義は有る。私は、今は、私が休むと決めた日に休み、働くと決めた時だけ働く。ご想像いただけるだろうけれども、働くと決めた時の、少なさといったら。怠惰だ。そこヘいくと植物の几帳面で勤勉で生きることに対し真摯なことよ。感服。
ローズマリー
ローズマリーは西洋の植物だと思うが、その花の清楚なことといったら。でぷっと厚い脂肪のついた、角質も厚そうな肌の西洋女とはかけ離れた、湯上がりの若い女のような、すっぴんチックな美しさ。ローズマリーは花をつけたらさっさと摘んだほうが若葉がよく伸びると昔聞いたけれど、花が美しすぎて摘む気になれない。なにがしかの変化が見えると必ず写真を撮る親バカ精神は音を立てることなく清々しく咲くローズマリーにもいかんなく発揮されるのであった。
バラン
椿
松
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