2009-12-21
フランス語を学び始めたときの共和国大統領は社会党のフランソワ・ミッテランだった。当時見知ったフランス人といえばフランス語学校の教師ばかりだったが、彼らはたいていミッテランを支持していた(教師というのはたいてい左派である)。大統領の演説というものはゆっくりと平易な言葉で噛みしめるようになされるので、よく聴き取りのレッスンの教材になった。フランスの大統領に限らずどの国でも国家元首というのは威厳あるスピーチを行うものだが(そうでもない国もあるようだけど)、威厳に品格が加わるかどうかは、その人の生まれや育ちや経歴に左右される。私はフランスの階級社会についてよくは知らないが、かの国の場合、政治家、しかも大臣クラスまで昇るほどの政治家はほぼ例外なくエリートの家系に生まれた「生まれながらのエリート」である。つまり「ノブレス・オブリージュ」の人々である。大変なこと、ややこしいこと、責任の重いこと、はエリートにおまかせするのがかの国の伝統である。
いまのサルコジ大統領がまだ議員さんだったとき、ニュースで記者に答えているその顔を見て以来、私は彼が大嫌いである。その主義主張、政治家として信念、その他もろもろ、どうでもよい。ただ、嫌いなのである。虫唾が走るとはこういうことをいうのであろう。なんでこんなヤツが政治家に? そんなケースはウチらの国には山ほどあるが、かの国では、――もののわかっていない私なんぞに発言資格はないんだけど、でもかまわずいっちゃうと――ニコラ・サルコジだけである。もちろんフランスの政治家を全員知っているわけではないし、フランスの政治事情だって知らないけど。たとえばシラクだってドヴィルパンだって顔は嫌いだけど、虫唾は走らないのだ。
……単に好みの問題なんだろーけどっ
私の知る限り、みんなサルコジが嫌いである。
みんなというのは知っているフランス人やフランス在住の人たちのことである(教師ばかりじゃないよ)。
なのになぜ彼は大統領になれたんだろう。
あんなのでも、対抗馬は女性だったので、女よりましってことだったのだろうか。フランスも日本とそう変わらんね。
私はといえば、先日久々にニコラ・サルコジの演説がラジオから流れてきたのを聴いて、やっぱこの声も話しかたも「めっさ」嫌いやわあ、と思った。なんか、下品と言ったら失礼だけど、とにかくなんか違うねん、共和国大統領っていうのとは。
『脱走兵』
ボリス・ヴィアン
大統領閣下
あなたに手紙を書きました
時間がおありのときに
読んでいただけるように
たったいま僕は
召集令状を受け取り
水曜の夜までに
戦場へ赴けと命じられました
大統領閣下
僕にはできません
僕がこの地にあるのは
気の毒な人を殺すためじゃない
閣下を怒らせるつもりはなく、ただ
僕は言いたいのです
僕は脱走する
いま、そう決断したことを
この世に生を受けて以来
僕は父の死に遭い
兄弟の出奔に遭い
わが子の涙を見て暮らしました
生きて葬られんばかりに
僕の母は苦しみました
爆弾も 蛆虫も
母にはどうだっていいのです
僕が拘束されている間に
妻は寝取られ
大切な宝をすべて失くし
僕の魂も ぬけ殻です
死んだ過去に
門前払いを食わせ
僕は目の前の道を行きます
ブルターニュからプロヴァンス
全フランスの国道で
物乞いをして食いつなぎ
人々に向け叫びます
「言いなりになるな
従っちゃいけない
戦場へは行くな
出発しちゃいけない」
血を流せとおっしゃるなら
閣下の血をどうぞ
偽善者づらの
大統領閣下
僕を追跡しますか
なら警官にお知らせください
僕は武器を持っていないから
撃つのは簡単だと
*****
世界がまた戦争へ傾いています。
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