もうこの知性が生きて躍動することはないのだと思うとやはりどう考えても悲しいばかりなのである(その2)――チェチェンニュースから
2009-11-05


(すこし前のメールマガジンから抜粋。尊敬する米原万里さんのこと)

2009-09-03
#306 米原万里さん三周忌、プーチン政権への評価

〈記事について〉
 安東つとむさんという人が季刊で発行している、『nudei』(ヌーディー)という雑誌がある。美容の業界誌として、今年初めに創刊された。業界のかかえる問題点や疑問を、消費者視点や社会的視点からとらえて提言するというもので、名前から想像するより、ずっと硬派な雑誌だ。
 業界誌・・・という括りは無理かもしれない。ウイグル、チベットなどの、マスメディアがあまり報道しない問題も、積極的に掲載しているくらいだから。ミニコミがインターネット上のものになり、マスメディアが衰退していく中、こういう形で船出する人がいるのだ。
 そのヌーディーに、米原万里さんと、プーチン政権についての記事が載ったので、許可を得て転載する。メディアの転換に果敢に取り組む人にしか書けない、触れば切れるような鋭い一文。(大富亮)

■"かくも長き不在" プーチンのロシアと米原万里三周忌
  (安東つとむ/nudei編集長)
 米原万里さんが、わずか56歳でガンに倒れ、惜しまれながら逝ってからもう3年過ぎた。
 小・中学時代の5年間をプラハのロシア学校で過ごしたときの友情や思い出をいきいきと描き、政治に翻弄されたこどもの悲劇の真実を浮かび上がらせた『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』。かつてのダンス教師の謎を追いながら、いまもなお本質的には変わらぬロシアの権力者たちの醜さおかしさを描いた『オリガ・モリソヴナの反語法』。もうこんな傑作に、わたしたちは会うことができない。
 3年目の5月、米原万里が生涯を終えた鎌倉市の鎌倉芸術館で「米原万里 そしてロシア展」が開催された。連休中には特別講演会もあり、井上ひさしさんの講演と「米原万里、そしてロシア」のシンポジウムが開かれた。
 会場の小ホールの定員は600人だが、開会前から周辺は黒山の人だかり。キャンセル待ちの列まで長く伸びているのには驚いた。東京ならともかく、鎌倉にもこんなに万里さんのファンはいたんだ。そんな感想は、実はとても不遜だったとあとから気がつかされるのだが。
 井上ひさしさんの講演は、米原万里の反語法の意味を、戯作者らしく愉快に素敵に語る魅力的な講演だったが、今回のテーマではないので、それはまた別の機会に。
 この日の白眉はシンポジウムだった。万里さんの恩師でもあるロシア文学者の川端香里男さん、元NHKロシア支局長・小林和男さん、それに万里さんに励まされ続けたロシア文学者・沼野恭子さん。
 シンポ全体が白眉だったとはいわない。そのある瞬間から、それは劇的に変わったのだ。
 小林氏は元NHK支局長の人脈を活かして最近プーチンに会ったそうだ。そこで「びっくり仰天の体験」をしたという。
 「プーチン元大統領・現首相のことを皆さんは嫌いでわたしもそうだったが、ロシアの若い女の子はプーチンが大好きだ。プーチンは官邸に柔道場をもっていて、そこには加納治五郎の等身大のブロンズ像や写真があり、彼は毎日拝んでいる。プーチンは柔道は単なるスポーツではなく、日本の文化や伝統、精神から生まれたもので、柔道を知らなかったら、自分はここにいなかったと言う。日本人はそういうプーチンのことを知らない。もっと理解すべきだ」
 わたしは体が震えるほど怒っていた。では、万里さんがあんなにも憤り、死ぬまで「わたしはチェチェン病だ」と言っていたほど同情していたチェチェン人の民族的悲劇を起こし武力制圧と民族浄化さえ推し進めているのはいった誰なんだ! ロシアではプーチンに批判的で反体制的なジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤさんやリトビネンコが次々に殺されているのを、どう考えているのだ!
 すると、可憐にさえ見える沼野恭子さんがこう反論した。

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