Pourquoi vous ne faites rien, comme ca?
2011-05-30


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こんなことならもっと地理と地学をよく勉強しておくのでした。

えーっと、書きたかったことは、そういうことではなくて、いつかこのブログでも少し述べたのだけど、
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これほど甚大な災害を前にして、そしていつ自分の身にふりかかってくるやもしれぬ災いを憂いて、そして自分たちや子どもたちのことに思いを馳せるとき、夫婦の間で微妙な、あるいは明らかなズレや断絶を感じなかったかどうか。アエラの記事は統計にいくつかの夫婦への取材をからめて検証している。
多数派ではないけれど、震災を機に「コイツとは離婚だ」と思った人が少なくない。
なんか、とてもわかる。
私は夫婦もんではないけど。
ああ、このひとってこんなひとだったんだー……
ということがペリペリペリと薄皮剥くように心ならずも剥いてしまって、ああ、見なくていいものを見てしまった、みたいな。
それは夫婦間に限らず、友人、同僚、先生と生徒、先輩と後輩、上司と部下、ご近所同士、といった関係間にも現れる。
被災者のかたがたは当事者だから、かえって人との絆を強めたかもしれないが、被災地から遠くない関東圏では、そうした「気の持ちかた」の差からくる「すれ違い」がけっこう大きな問題なのではなかろうか。
私たちの街のようにとても遠くても、やはり、その人の、今回の諸問題の捉えようがモロ見えたとき、「え、そういう了見?」「え、その程度の認識?」なんて驚くことたびたび。「え、そんなことも知らないの?」「え、じゃあ、子どもたちのことはどうでもいいの?」……好感を持っていた相手でも、感覚のズレ、価値観の相違が決定的になってしまうとそれまでと同じようには見られないもんだ。浅い関係の他人に対しても、そんなふうにギクシャクした思いをもってしまうのに、まして、それが夫婦なら。
しかし、しかし。そういうのって、辛いんだろうか。離婚を決める人は辛いからそうするんだろう、もうこんなヤツのそばに居たくないと。でも「こんなヤツ」をうまい手綱捌きで動かす人もいる。むしろ、こんなヤツならもう執着しない、いつだって綱切ってやる、せいぜい今のうち働いてもらおう、みたいな気分にもなるのかも。
とくに、小さい子どもをもつ家庭の両親は、二人で意見を一致させて行動をとらないと……。だって、可愛い子の命と将来の生活にかかわることだから。可愛い子は深刻な病に陥るかもしれない。そうなったとき、責任転嫁せず手を携えて子どものために共闘できるか。
若い親たちに、踏ん張れ、頑張れと祈らずにはいられないのである。

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[かたこり]

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