許せないやつ 筆頭
2008-09-23


そう、今日のタイトル「許せない奴 筆頭」はウラジーミル・プーチンである。私が尊敬してやまなかったジャーナリスト、アンナを殺した。端的にいってそれだけが理由である。ロシアによるチェチェンへの侵略戦争を取材し続け、プーチンの悪行三昧を暴きつつあったアンナはいつ殺されてもおかしくなかったといっていい。しかしそれでもまだまだアンナは泳がされるだろうと私は思っていた。根拠があったわけではないが、プーチンが、陳腐な表現だが「悪の帝王」として世界に君臨したいなら、アンナに書かせるだけ書かせて、彼女が世界でより大きな発言力を持ってから叩き潰す、そうした方法をとるんじゃないかと思ったからだ。でも、そうではない。プーチンはせこい。目障りな虫を次々と指先で潰していく。自分で(たいていは指先を汚すの嫌だから)潰せないときは手下を使ってどこまでも潰しに行かせる。そして絶対に、逃がさない。アンナは、新しい記事や著作の準備をしていたが、それが世に出る前に殺された。プーチンは肝っ玉の小さい奴だ。告発を受けて立ち、戦うことなんて、できないのである。悪いことし過ぎて。

歯止めの効かなくなった悪行三昧。種を蒔いたのは、実はエリツィンである。エリツィンもロシアの大統領の名にふさわしく、せこい悪行三昧を積み上げた奴だが、彼の最大の罪は後継にプーチンを指名したことだ。どうしてもプーチンでなくてはならなかった。秘密警察出身で、エリツィンの大小さまざまな悪行についてけっして口を開かぬ人間として信用されていたのだった。

本書は、その秘密警察=FSBという組織の一員として活動していたリトヴィネンコとその友人であるフェリシチンスキーの共著である。ご存じのとおり、リトヴィネンコは英国で何者かに毒を盛られて殺された。友を亡くしたフェリシチンスキーの慟哭が序文として巻頭を飾る。
しかし、こんな本が出ても、プーチンは相変わらずだ。本書のロシア語版はロシア連邦内では発禁処分になっているので【プーチンの国民】は何も知るところがない。本書の一部はインターネットで公開されているというので、もちろん読む人だっているはずだが、またうるさい奴がなにか書いてるぜ、程度にしか認識されていないのであろう。それに、生半可な興味や好奇心から真実を追求しようとしたら最後、FSBに殺される。偽装自殺か何かで。

FSB(本書では連邦保安庁、としている)とは元KGBといわれていた組織で、名を変えながら存続している秘密警察、つまり国家上層部を守るために活動するテロ工作組織である。本書でページを割かれているのは、チェチェン戦争の大義名分を作るために、アパート連続爆破事件を工作した事実についてである。
この一連の事件は、チェチェンの独立派武装勢力によるテロ、などと報道、発表されてチェチェン人のせいにされ、ロシア国民の反チェチェン感情を煽り、チェチェン侵攻の大きな理由としてうまく働いた。
そしてエリツィンは、悪いチェチェン人を懲らしめたので大統領に再選でき、後任に推したプーチンも世論の支持を取りつけることができたのである。

なんでチェチェンに戦争を仕掛けるのかといえば、チェチェン人は独立心旺盛で反露意識が高い、という歴史的合意事項に基づいているに他ならない。
帝政の頃から、ロシアはチェチェンに攻め込んでは抵抗に遭い、撤退を余儀なくされていた。トルストイの「カフカスの虜」という話を一度読んでください。
カフカス地方はロシアにとっては手離せない地理的要衝であるから、どうにかして我がものにしたいのに、ならない。第二次大戦の頃、今度は対独協力者の汚名を着せて、チェチェンとイングーシの住民をカザフに強制移住させたりした。
しかし、それでも、チェチェンは意のままにならない。
おまけに、ロシア国民の感情としては、チェチェンって気の毒よね、という向きが多数派であった。ああ、もう、むかつくなあチェチェン、なのである、ロシアとしては。


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