�禺画像]
そろって国公立芸大を落ちた私たち二人は、滑り止めにキープしておいた私立S美大に進学し、そこで出会った仲間とともに、大ヒット曲『プライベート・アイズ』を引っさげて来日したホール&オーツのコンサートへ出かけたのである。
ダリルーという黄色い声援が飛び交う会場で、私の隣にいた静花の視線はずっとジョンを追っていた。演奏の合間にジョンがこっそりと見せる愛嬌ある仕草を見逃さず、ひとりでふふ、と微笑んでいた。
ところが次の瞬間、私は見た。そして叫んでしまった。
「全開してるっ!」
横にいたアイコ(仮名)が私を睨む。「うるさいよ、チョーコ!」
ダリル・ホールが情感たっぷりにバラードを歌っている最中だった。
「でもさ、でもさ、あれ、ねえ開いてるんだよ」
「なにがっ」
「あ、だ、ダリルのチャック」
「ええっ」
横一列に並んだ私たちが「開いてるよ開いてるよ」とざわめき、その前列のオンナどもも「ええっほんと?」「開いてるよ」と騒ぎ、さらにその前列、最前列へと伝播する。
ステージの中央に膝をつき、スポットを浴びる自分に陶酔したかのように歌い上げるダリル。彼の身体の中央で、黒いレザーパンツのフロントファスナーがぽっかり。ああ、今でもありありと浮かぶマヌケな光景(ごめん、ダリル!)。
曲がアップテンポに変わる。とたんに観客がメッセージを叫び始めた。
「ダリルー開いてるよー」(そんなこといったって)
「社会の窓が開いてるよー」(あの……わかる人、いる?)
「オープン・ザ・チャック・オブ・ユア・パンツ!」(通じるかよっ)
前列の観客が口々にダリルーダリルーと叫ぶのだが、ノリまくっているダリル・ホールは意に介さず、当然ながらファスナー全開に気づかず、まさにエネルギー全開状態。
「John! Look at your friend!」
いきなり静花が大きな声で叫んだ。
その声は歓声にかき消された、と思う。
でもそのあと、ギターを弾きながら、ジョン・オーツは相棒に歩み寄り、たしかに何か耳打ちした。
「静花、聞こえたかもよ、ジョンに」
「まさか」
たぶん、前列のオンナどもの異様な形相に異変を感じてくれたのだろう。
なんにしろ、一曲終わってダリルはすっと舞台袖に入り、身だしなみを整えて再登場したのだった。そして何事もなかったように、ヒットナンバーを歌い続けた。
帰路につく私たちの話題は当然のように「全開」に終始し、そして「でもダリルかっこよかったねえ」を繰り返した。うなずきながら微笑むだけの静花に、「ジョンもかっこよかったじゃん、ね」といってみた。それでも彼女は微笑むだけだったが、私は本当のことを言ったつもりだった。
コンサートの日から数日経って、二人だけで話す機会を持てた静花と私は、思いがけず聴くことのできた「ホール&オーツ70年代の名曲の数々」をひとつずつ思い出し、あらためてライヴの余韻に浸ったのである。
本当に、彼らは素敵だった。