世界一美しいブタさん
2007-06-07


『ブータン』
太田大八 作
こぐま社(1995年)


太田大八さんは1918年生まれなのだそうだ。ということは来年には90歳になられる。
すごいなあ。そんなにお歳を召していて、少年の瞳にしか映らないような、太陽のひかりをいっぱい浴びたキラキラ輝く世界を描くんだ。
そういえばピカソも。きっと画家のかたがたは、瞳が老化しないのね。あるいは瞳だけが実年齢を逆行しているとか。だって、若くして老練な描写力があったからこそ絵を描いてこれたのだろうし。大人のような絵を描いていた子どもが大人になって子どものような絵を描く。そういうことなのだ。

太田さんの絵の魅力はなんといっても色づかい。
たぶんアクリルかガッシュがメイン、クレパスや色鉛筆で描き足し、ときに布や印刷物をコラージュしたりも。太田さんのタッチで好きなのは、たぶん竹ペンか硝子ペンで描いた線画に淡い色彩を置いていく描きかた。『世界でいちばん やかましい音』 でメインになっていた技法だ。
『ブータン』には、その技法は脇役にまわっているけれども。

「ブータン」はブタの名前。農家のベンさんは「やさいくらべ大会」にかぼちゃを出品し、大賞をもらった。そのごほうびにこぶたをもらった。
ベンさんは大事にこぶたを育て、大きくなったら食べようなんてことは露とも考えず、ブータンと名づけて家族のように大事に育て、世話をして、畑の仕事もさせた。
ブータンはどんどん大きくなって、馬より牛より大きくなって、村の名物ブタになり、やがて新聞に載り、テレビで紹介され……。

さらし者にされるブータンを、ベンさんは懸命に守る。
周りの人間が「豚」「豚肉」としか見ない動物は、ベンさんにとって大事な大事な宝物だから。

温厚なベンさんの表情がくもり、やがて怒りを爆発させるときがある。
村で平穏に暮らしているときの表情との対比が見事。
その横で、ブータンはいつもにこやかで安らかで、何も心配していませんことよとベンさんに微笑みかけるようでもあり、ずいぶんにぎやかですけど何かありましてと最初から何もわかっていないようでもある。

ブタを題材にした絵本は多いけれど、「ブータン」ほど美しいブタをほかには知らない。あのブタがそんなに大きくなったらさぞかし醜かろうに、目障りだろうにと思わなくもないんだけど、ブータンは物語の最初から最後まで素朴で美しい。大事にされてるので野性味はない。おとなしい毛並みのいい猫のようで、猫ほど心中に企みを持っていそうにない。純真無垢。そう、ブータンは純真無垢だ。

ベンさんはブータンのほっぺたをなでて、身体をさすってやりながら「おうちにかえるよ」と声をかける。アホかお前はといわれるかもしれないが、私はここで涙が出そうになった。
この物語は、自然の一要素として発生したに過ぎないはずの人間がいかに身勝手で驕り高ぶっているか、も描いている。私たちは、アホだ。

ところで、純真無垢って、誰かを形容するのに使ったような記憶が……。
[えほん]

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