蛙の次は蛇?という話ではない
2007-05-18


新しい東京の地名の付け方なんぞにもいちゃもんを述べていたりする。『断腸亭日乗』、ほんとうに面白かった。どさくさにまぎれて連れに本返さなけりゃよかった、と後悔するくらい面白かった。面白すぎて、荷風は何でも面白いのだと思って『ぼく東綺譚』(「ぼく」はさんずいに「墨」)にチャレンジしたら死ぬほど退屈だった。
荷風はいくつか仏語訳も出ていて、向こうにいたときこの『ぼく東綺譚』の仏訳を見たけど、こんなものに耐えられるフランス人がいるのかと叫びたくなるほど、仏訳の流れは和文に忠実で、アルファベットの隙間から退屈がにじみ出ていた。
いや、私にこれを読む素養がなかっただけなんですけど。
連れは言ったものだ。「荷風はこれ(断腸亭)で価値があるのさ」
まったく知ったかぶりにもほどがあるけど、いたいけな乙女だった当時の私は露ほどにも疑わずそれに頷き、『断腸亭日乗』以外の荷風はけっきょく読まなかったのである。

そして『蛇つかい』。
スタンダールの引用はないけれど、短い話なので私はその場でふむふむと読み始めた。

美しい。

舞台はリヨンだ。ジャガード織、西陣織のふるさと。
教会のある高台からは街を全望できるが、ローヌとソーヌという二つの河が街の骨格をつくっているのがよくわかる。
機織工が多く住んだ界隈は、今もその佇まいを残しているはずだ。
長く滞在したことのない街なので、荷風が描く風景を記憶でたどることはできないし、市民の生活風景のこまごましたところ、通りに出した床机に腰掛けて編み物をする女たちなど、現代フランスが失ったものについては映画で見たシーンを思い浮かべるしかない。けれど、フランスの街は、例外はあるが、日本ほどには変貌していない。リヨンを思い出せなくても、ほかの田舎町に重ねて、荷風の見た風景を、フィルムを編集するようにして、追いかけることは可能だ。

美しい。
描かれる情景も然り。だが何より荷風の記述が冴えているに他ならないのだろうが、当時の言葉の連鎖の美しいことよ。

物語は、リヨンのはずれで見た見世物小屋の蛇つかいの女を通して、語り手=荷風が感じた生活の哀愁、のようなものを描いている。
《自分はなんだか妙に悲しい気がした。(中略)それが原因であろうか。そうとも云えるしまたそうでないとも云える。(中略)悲しいような一種の薄暗い湿った感情を覚えたとでも云直しておこう。》
この「そうとも云えるし」のフレーズ、やたら使いまわされているのではないか? どこで、と聞かれても例を挙げられないが。そうなのか、オリジナルはここだったのだ。

この一編は『ふらんす物語』という短編集に収められて出版されたそうだ。もはや、学校では荷風作品は習わないだろうし、大学でも荷風をことさらに取り上げて研究しようという人は、もういま、いないだろう。こういう作品は、私のようにフランスの端っこをちょっとつまみかじりした者だけが、たとえば熟語の横に仏語をカタカナにしてつけてあるルビや、貼り紙の文句(仏語)の抜き書きに付記した時代錯誤な訳文をみて、くくくと笑うことができる。くくく。

ところで、先のスタンダールの研究論文集だが、自分の文庫本を整理していて『赤と黒』なんぞが出てきて、ちょっと読み直そうかななんて気になってたところにたまたまこの本の存在を知って、借りてトライしたというわけである。興味深い論考もあったが、貸し出し期間延長しても全部は読めなかった。だが、スタンダール云々の前に『蛇つかい』という思いがけない拾いものをしたことが嬉しくてしかたがない。
押入れの奥にしまわれていて気づかなかった祖母の指輪のような、よそには値打ちがないものでも自分にかけがえのないもの、そういうものを見つけた気分である。

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[ちと古い文学]

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