ナイスショット【下】
2007-05-16


「美由紀ちゃーん」
 噂をすれば知子だ。正利のせいでどきどきするじゃんかよっ。
「あれ、これなあに? わ、栗山先輩じゃーん。もしかして正利が撮ったの?」
 知子はへーえ、ふーんと頷きながら楽しそうに写真を一枚一枚見ている。
 美由紀は少し、気持ちがざわつくのを感じた。あの……と口元を動かしかけたとき、正利の声がした。
「じゃ、俺帰るわ。写真、他のやつには見せるなよ」
「美由紀ちゃん、正利、なんて言ってこの写真くれたの?」
 美由紀は、正利との会話を手短に話した。ただし、孝司のことは除いて。
「うん、このあいだ、バスケの3回戦見に行ったんだ。黙ってて、ごめんね。そのとき正利が三脚立てて写真撮ってるから、びっくりしたよ」
 たしかに、それはびっくりだ。
「あたし、栗山先輩のこと待っててさ、もし、負けたショックが大きそうで、すごく打ちひしがれた感じだったら何も言わないで帰ろうと思ったんだけど」
 聞きたくないなあ、その先。
「なんだか、すごく晴れ晴れしてて、笑顔が素敵だったよ」
 いつだって栗山先輩の笑顔は素敵だよっ。
「あたし、呼び止めて、思い切って聞いたんだ。先輩、好きな人いますか。つき合ってる人、いますか。そしたらさ、うんいるよ、だって。あっさり」
 ええええええーーーーーっ。美由紀はほとんどその場に突っ伏してしまいそうだった。


「いないよって答えてくれたら、美由紀と一度会ってくださいって言おうと思って、何度も頭の中で予行演習していたのにぃ」
 知子は心底残念そうな様子で、大きくため息をひとつついた。ホントか、それ、真実か? ほんの少しだけ、美由紀の脳裏を疑念がよぎったが、どのみち、栗山先輩には彼女がいるのだ。あああ。
「それがさ、北中のキャプテンだって。猫のように素早く人のあいだをくぐり抜けてシュートする、人呼んでモモキャットのユウコだって。これは横にいた本田先輩が教えてくれたんだけど」
 北中はピンクのユニフォームがいささか派手な、女子バスケの強豪だ。そこのキャプテンかあ……悔しいけど、お似合いかもしれないなあ。
「ふふふ」
 な、なんだよ今度はっ。
 知子は、アルバムを何度も、品定めをするように見ている。
「愛だねえ、正利ったら」
 愛だねって、もしや、正利には倒錯の傾向が? そんなばかな。
「正利は、美由紀のことになると一生懸命だよ。ほら、文芸部の部誌の春号、あれ見て正利、美由紀の作品のことばかり」
 美由紀は、知子のいう意味がわからないまま、曖昧に相槌を打っていた。
「わかったんだよ、あたし。3回戦の会場で正利の真剣な顔見て。美由紀ちゃんの視線のつもりになろうとしていた。栗山先輩を見る美由紀ちゃんの気持ちになって、撮ろうとしていた、美由紀ちゃんが見たいと思う栗山先輩のプレー……想像だけど。たぶん、そうだよ、正利」
 体育館から、バスケ部の部員がぞろぞろ出てきた。へとへとになっているのは1、2年生だ。先日の試合で引退した3年生は、あまり汗はかいていないようだ。
 さばさばした表情の栗山先輩たちを眺めながら、美由紀と知子はしばらく沈黙していた。
 本人はともかく、この写真の腕には、たしかに惚れこんでしまいそうだ。美由紀は自分の考えに心の中で苦笑しながら、正利の出方を待つよ、と知子にいった。この写真を返すときに先輩には失恋したからって言っとく。
「そっか」
 知子は肩の荷を降ろしたように、ほっとした温かい笑顔を見せた。
 やっぱり、知子は今、いちばんの友達。
 孝司のことをほのめかそうかな、と思ったけれど、
「ねえねえ、美由紀ちゃんの失恋、次のお話のネタにしてもいい?」
 えーっ、やめてよぉー。知子の意地悪!
 こうなったら絶対、孝司とくっつけてやるからねっ。無理やりにでもっ。

(おわり)
[したがき]

コメント(全9件)


記事を書く
powered by ASAHIネット