週の真ん中、真昼間だというのに(3)
2010-04-14


私は手を差し伸べた。老紳士は乗車証をポケットに滑り込ませた手を私の右手に預け、
「いや、これはまた、お手数をおかけします」
と、しっかり私の手を掴んで降車した。

「気をつけてお帰りくださいね」
と言い残して立ち去ろうとする私の右手を、杖の老紳士は離そうとしない。
「申し訳なかったですよ、本当に」
「いえいえ、そんなことありませんから」
「お時間、ありませんか。お茶をご馳走します。どうです、一緒に来てください」

不覚にも、私はかなり、ときめいてしまったのだった。

ドキドキドキ……

い、いかんっ

「せっかくですが、まだ仕事中なんです。得意先との約束がありますので、行かないと」
「そうですか、それは失礼をしましたね。残念です」

老紳士は私の手を二、三度握り直したあと、何度も頭を下げてありがとうを言い、立ち去った。私も交差点の信号が変わったので、彼とは反対方向へ歩き出した。得意先とのアポなんて嘘だった。コーヒーご馳走してもらったらよかったかなー。だけどだからって、どうなるもんでもないしなー。どうなるって、どうなんだつーのよ。そんな阿呆な独り言を心の中でつぶやきながら、会社へ向かった。

***

外出の多かった一週間のうち、なんと三度も、70代のおじいちゃまに手を握られるという幸運に見舞われたので、ちょっと珍しいと思い、書き留めました。ご静読(?)ありがとうございました。

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