2008-11-06
大半を占めるのは鈴木さんとみーちゃんの「家」の話である。なんと彼らは隅田川沿いに「カップルで」住んでいる。廃棄バッテリで動く廃棄家電の数々。アルミ缶収集で得た収入で、新鮮な食材と良質の調味料を調達する、銭湯にも行く。花火大会前など一斉掃射が行われるときは「家」は解体され、畳まれる。私より稼ぎはずっと少ないけれど可処分所得はずっと多いような気がするし、ずっといい食事をしているような気がする(泣)。やっぱ基本は食である。彼らは元気である。
著者は、ただただその「移動式簡易住宅」への畏敬の念が先にたっているので、取材相手のこれまでの人生や現在の状況を哀れむという視点がまったくない。そのことが、本書を読みやすくしている。この問題には社会的な数多くの懸案がてんこ盛りのはずだけど、そういうことはさておき、「家」のアイデアの素晴しさを称賛する。
建築を学んだ彼は、建てるにも壊すにも膨大な資金と労力を必要とする建築物ばかりを造るのはもういい加減に止めようよ、といっている。本当にそうだなあと思う。家は必要だが、家の在りかたを考え直してもいいんじゃないか。どんなに頑丈に建てても、贅を尽くしても、核爆弾降ってきたらひとたまりもないんだし。
ダンボールとブルーシートと建築現場からもらってきた角材だけで、自分に日常生活を営める住宅を誂えることができるかと問われれば、もちろん答えはノンだ。今、我が家はいよいよ雨漏りがひどくなり、床を踏み込むと、私の体重のせいばかりでなくてズボッとへこむ箇所がある。そんな修理すら私にはできないし、天井や床をいったん開けたら要修理箇所がゴマンと出てくるかと思うと、そしてその修理費用がとてつもないものになるだろうと思うと、なんて私って生活力ないんだろうと自己嫌悪である。
なんてことを書いてると、職場の天井裏でネズミがごそごそがりがりやってるのが聞こえる。どこでも生きていけるって、偉大なことだ。
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